古きよきアメリカン・スイーツ(だーまな)

古きよきアメリカン・スイーツ(だーまな)

岡部史 著

平凡社新書 2004

皆さんはアメリカのスイーツと言えば何を思い浮かべますか?私はキャンディやチョコバー、チューイングガムを思い浮かべました。それに現在日本で流行っているカラフルなカップケーキなど。私はアメリカのスイーツは香料をたくさん使っていて味付けが極端だという印象をもっていました。

強大な資本力を誇るアメリカは大量生産されたお菓子やブランドのイメージが強いです。しかしアメリカの土地は一部の大都市以外は広大な田園地帯や山林、荒野ばかりです。本書ではアメリカの所謂田舎に伝わる素朴なスイーツを文化や歴史とともに紹介しています。

本書を読んで面白いと感じた点は、アメリカの様々なスイーツのルーツが本国にない点です。アメリカは移民の混成国家です。そのためスイーツも世界各国から移民と共にやってきました。ですからアメリカの伝統的なスイーツは実に様々です。例えばアメリカのスイーツによく使われるピーナッツバターのルーツはアフリカにあります。プランテーションで栽培されたピーナッツと共にアメリカに連行された黒人奴隷が伝えたものだとされています。

私はスイーツが好きです。好きなものの歴史や文化を知ることはとても楽しいと本書を読んで感じました。

 

 
古川案

皆さんはアメリカのスイーツと言えば何を思い浮かべますか?私はキャンディやチョコバー、チ

ューイングガムを思い浮かべました。それに現在日本で流行っているカラフルなカップケーキな

ど。私はアメリカのスイーツは香料をたくさん使っていて味付けが極端だという印象をもってい

ます。

強大な資本力を誇るアメリカは大量生産されたお菓子やブランドのイメージが強いです。しかし

アメリカの土地は一部の大都市以外は広大な田園地帯や山林、荒野ばかりです。本書では、そ

のようなアメリカの田舎に伝わる、素朴なスイーツを文化や歴史とともに紹介しています。

本書を読んで面白いと感じた点は、アメリカの様々なスイーツのルーツが本国にない点です。

アメリカは移民の混成国家です。そのためスイーツも世界各国から移民と共にやってきました。

ですからアメリカの伝統的なスイーツは実に様々です。例えばアメリカのスイーツによく使われる

ピーナッツバターのルーツはアフリカにあります。プランテーションで栽培されたピーナッツと共に

アメリカに連行された黒人奴隷が伝えたものだとされています。

私はスイーツが好きです。好きなものの歴史や文化を知ることはとても楽しいと本書を読んで

感じました

(最後の段落が小学生レベルなので、もう少し何とかする。)

カラー図解でわかる光と色のしくみ ーなぜ空は青く虹は七色のなのか どうして花は彩り生物は光るのかー(はるか)

『カラー図解でわかる光と色のしくみ ーなぜ空は青く虹は七色のなのか どうして花は彩り生物は光るのかー』

サイエンス・アイ新書 福江純・田島由起子

 

当たり前のことなのに、よく考えると不思議なことは世の中にはたくさんある。なぜ空はなぜ青いのか​?なぜ虹は七色なのか?当たり前のことなのに、理由を聞かれると困る。そんな色や光の不思議をわかりやすく解説しているのが著書である。

色は大きく分けると光源色と物体色の2種類ある。光源色は自らが輝き、色を表現する。物体色は光に照らされることによって色を表現する。光と色はお互いの原理を説明する上で重要な役割を果たしている。

もし「空はなぜ青いの?なぜ虹は七色なの?」と聞かれたとき、今なら喜んで説明しよう。色と光の知識を応用すればさまざまな世界の不思議が理解できるだろう。

 

 

古川案

身の回りの色や光に関して、当たり前のことなのに、よく考えると不思議なこと

は世の中にはたくさんある。なぜ空はなぜ青いのか?なぜ虹は七色なのか?当たり前

のことなのに、理由を聞かれると困る。そんな色や光の不思議をわかりやすく解説し

ているのが著書である。

色は大きく分けると光源色と物体色の2種類ある。光源色は自らが輝き、色を表現

する。物体色は光に照らされることによって色を表現する。光と色はお互いの原理を

説明する上で重要な役割を果たしている。

もし「空はなぜ青いの?なぜ虹は七色なの?」と聞かれたら、今なら喜んで説明し

よう。色と光の知識を応用すればさまざまな世界の不思議が理解できるだろう。

(「応用すればさまざまな世界の不思議」意味がわからないので、別の表現の方がいい)

手紙(いとゆう)

手紙

東野圭吾

 

弟の学費の為に、突発的に強盗殺人を犯した兄。

「殺人犯の弟」という十字架を背負い生きていく弟の苦難の人生を描いている作品である。兄と弟の交流は、拘置所からの手紙によってなされる。兄の状況は主に「手紙」によって知らされ、「加害者の家族」という十字架を背負った弟の人生をもとに物語は進む。

弟は、世間から差別され、不当な扱いを受け、絶望を感じる。

 

私はこの作品を読み、「加害者の家族」の苦しみを初めて知った。「被害者の家族」の話は、ドラマなどでよく耳にするが、加害者の家族にスポットを当てた作品は初めてだった。

多くの読者は、被害者の家族同様、加害者の家族であるこの弟に同情するだろう。私もそうだった。

読後は、気持ちのよいものではなかった。「本当に利害関係者になったら?」「もしその相手と結婚するのならば?」という質問が投げかけられている気がし、鳥肌が立った。

 

古川案

弟の学費の為に、突発的に強盗殺人を犯した兄。

「殺人犯の弟」という十字架を背負い生きていく弟の苦難の人生を描いている作品

である。兄と弟の交流は、拘置所からの手紙によってなされる。兄の状況は主に「手

紙」によって知らされ、「加害者の家族」という十字架を背負った弟の人生をもとに

物語は進む。

弟は、世間から差別され、不当な扱いを受け、絶望を感じる。

私はこの作品を読み、「加害者の家族」の苦しみを初めて知った。「被害者の家

族」の話は、ドラマなどでよく耳にするが、加害者の家族にスポットを当てた作品は

初めてだった。

多くの読者は、被害者の家族同様、加害者の家族であるこの弟に同情するだろう。私

もそうだった。

読後は、気持ちのよいものではなかった。「本当に利害関係者になったら?」「もしそ

の相手と結婚するのならば?」という質問が投げかけられている気がし、鳥肌が立

った。

「殺人者の弟とは関わりたくない」

「殺人者の弟に娘はやれない」

「あなたが殺人者の弟であろうがそんなこと関係ない」

「お前が殺人者の弟であろうが俺はお前と音楽がやりたい」

「商業的にみて殺人者の弟というレッテルは致命的だ」

「殺人者の弟と言われても、正直どう対応していいかわからない、差別したくないから

とりあえず優しくしておこう」

彼を取り巻く人々の様々な声。

彼は肝心なところで「加害者の家族」という十字架を突きつけられ、幸せにはなれな

い。

物語の結末はハッピーエンドではない。誰にでも背負う可能性のある「加害者の家

族」。その十字架が生々しく書かれた作品である。

(同じような内容が繰り返されていて単調すぎる。内容が薄い。)

 

 

 

 

「殺人者の弟とは関わりたくない」

 

「殺人者の弟に娘はやれない」

「あなたが殺人者の弟であろうがそんなこと関係ない」

「お前が殺人者の弟であろうが俺はお前と音楽がやりたい」

「商業的にみて殺人者の弟というレッテルは致命的だ」

「殺人者の弟と言われても、正直どう対応していいかわからない、差別したくないからとりあえず優しくしておこう」

 

 

彼を取り巻く人々の様々な声。

彼は肝心なところで「加害者の家族」という十字架を突きつけられ、幸せにはなれない。

物語はハッピーエンドでは終わらない。誰にでも背負う可能性のある「加害者の家族」。その十字架が生々しく書かれた作品である。

 

愛知大学 経営学部 経営学科 流通マーケティングコース

影法師(のりこ)

 

『影法師』百田尚樹

講談社

 

本書は、家柄や身分など様々な運命に左右された江戸時代の武士2人の物語である。学業、剣術ともに天才と言われた彦四郎と下士の貧しい家に生まれた勘一の一生を描いている。

 

江戸時代は身分制度が厳格であり、高貴な役職に就くためには相当の家柄が必要であった。しかし勘一は下士の生まれでありながら国家老まで上り詰めた。家柄というハンデを跳ね除け実力で昇進した勘一の一生の裏には、いつも彦四郎の存在があった。勘一の影となり生きた彦四郎は、勘一とは真逆の没落した人生を送った。

 

なぜ天才と言われた彦四郎が、自らの人生を投げ打ってまで勘一の人生に身を捧げたのか。その理由は最後まで読んでも、わからなかった。推測するに、彦四郎は勘一に対して友情を越えた思いがあったのではないかと考えた。偶然にして出会った二人は、身分は違えどお互いを尊敬し合っていた。彦四郎は勘一に対して言葉にはしない契りを交わしていたのではないだろうか。

 

没落した人生を送った彦四郎であったが、彼の立ち振る舞いからは仁義を重んじる真の武士の姿を感じた。

 

天才と言われ将来を約束された立場でありながら、影法師となる人生を選んだ理由が明確にわからないからこそ読んだ後に深い余韻を残す作品であった。

 

古川案

本書は、家柄や身分など様々な運命に左右された江戸時代の武士2人の物語である。学業、剣

術ともに天才と言われた彦四郎と、下士の貧しい家に生まれた勘一の一生を描いている。

江戸時代は身分制度が厳格であり、高貴な役職に就くためには相当の家柄が必要であった。し

かし勘一は下士の生まれでありながら国家老まで上り詰めた。家柄というハンデを跳ね除け実

力で昇進した勘一の一生の裏には、いつも彦四郎の存在があった。勘一の影となり生きた彦

四郎は、勘一とは真逆の没落した人生を送った。

(↑彦四郎の影としての役割がよくわからない)

なぜ天才と言われた彦四郎が、自らの人生を投げ打ってまで勘一の人生に身を捧げたのか。

その理由は最後まで読んでも、わからなかった。推測するに、彦四郎は勘一に対して友情を越

えた思いがあったのではないかと考えた。偶然にして出会った二人は、身分は違えどお互いを

尊敬し合っていた。彦四郎は勘一に対して言葉にはしない契りを交わしていたのではないだろう

か。

没落した人生を送った彦四郎であったが、彼の立ち振る舞いからは仁義を重んじる真の武士

の姿を感じた。

天才と言われ将来を約束された立場でありながら、影法師となる人生を選んだ理由が明確にわ

からないからこそ読んだ後に深い余韻を残す作品であった。

 

レベル7(こーじ)

『レベル7』
宮部みゆき 著
新潮文庫 (1993/9/29)

今回私が手に取った本は宮部みゆきさんの「レベル7」というサスペンス小説だ。この宮部みゆきという著者を知っている人は少なくはないだろう。数々の賞を受賞し、今現在も小説を連載をされており、テレビドラマ化もされている。これはつい最近知ったのだが、この「レベル7」も1994年に『愛と疑惑のサスペンス レベル7-空白の90日-』というタイトルでテレビドラマされていたらしい。多くの人を魅了した彼女の小説はどんなに面白いのだろうかと手に取ってみた。
では、この小説の内容にふれていく。物語は、あるアパートのベットで目を覚ます男から始まる。ベットで目を覚ました男の目に映るのは、見知らぬ部屋、隣で眠る知らない女性、腕に掘られている謎の数字。そしてここはどこなのか、何故ここにいるのか、自分が誰なのかすらわからない状態だった。目を覚ました女性も同じように記憶がなかった。また、この物語には主人公が2人おり、もう1人は突如行方不明になってしまった友達を探す未亡人だ。接点のない2人の主人公だが、唯一共通する謎の「レベル7」という数字を頼りに、謎を解き明かしていく話になっている。
作中には非常に謎が散りばめられており、ちょっとした恐怖も味わえる。これぞサスペンスだ!と言えるくらいの作品であると思う。最初は2人の主人公の話が交互に出てきたので混乱はするが、接点のない2人の話が、物語が進み次第にひとつの真実にたどり着いた時は、非常にスッキリとした。読破後、冒頭部分を読み返してしまう程「そうだったのか・・・」と思えるとても面白い謎だった。

日本は戦争をするのか―集団的自衛権(よし)

日本は戦争をするのか―集団的自衛権
岩波新書
半田滋著

私は戦争というものを知らない。厳密に言えば、戦争がどういうものかということを歴史として、知識として知っているが体験したことがないため、戦争を身近なものとして感じたことがない。そもそも私は日本が他国と戦争をすることはありえないと思っていた。しかし安倍晋三政権によりそれは現実となりつつある。

本書には長年にわたり日本の防衛について取材を続けてきた、著者半田滋氏が安倍政権の悲願といわれている集団的自衛権の行使が及ぼす影響についてその経験から鋭く説いている。著者が問題視していることのひとつとして集団的自衛権を行使することで第九条の改憲が行われることだ。第九条の改憲が行われれば自衛隊は武力行使が行えるようになり、戦争を行う国防軍へと姿を変えるだろう。自衛隊は第九条を柱としていままで行動してきたからこそ国内外での「後方支援」や「復興支援」で高評価を得ていた。その第九条を改憲して集団的自衛権を行使することは、いままで積み上げてきたものを壊すことと同じではないのだろうかと著者は語っている。本書の最後の文にある、「集団的自衛権の行使容認に踏み切っても、犠牲になるのは自衛官であって政治家ではない」という著者の言葉が印象に残っている。この言葉には著者半田滋氏の思いが強く込められているのではないかと私は思う。

本書はぜひ私と同じような戦争を体験したことのない人にぜひ読んでもらいたい。そしてどんな結論に至ったかぜひ聞かせてもらいたい。

 

古川案

私は戦争を知らない。厳密に言えば、歴史や知識としての戦争は知っていても、体験したこと

がないため、身近に感じたことがない。そもそも私は、日本が他国と戦争をすることはありえな

いと思っていた。しかし安倍晋三政権によりそれは現実となりつつある。

集団的自衛権の行使は、安倍政権の悲願といわれている。本書では、長年にわたり日本の防衛に

ついて取材を続けてきた著者「半田滋」氏が、集団的自衛権の及ぼす影響について鋭く説いて

いる。著者が問題視していることのひとつとして集団的自衛権を行使することで第九条の改憲が

行われることだ。第九条の改憲が行われれば自衛隊は武力行使を行えるようになり、戦争ができ

ない国であったはずの日本が、戦争を行う国防軍へと姿を変えるだろう。自衛隊は第九条を柱

として行動してきたからこそ、「後方支援」や「復興支援」に関して国内外から高評価を得てい

た。その第九条を改憲して集団的自衛権を行使することは、これまで積み上げてきたものを壊

すことと同じではないのだろうかと著者は語っている。本書の最後にある、「集団的自衛権の行

使容認に踏み切っても、犠牲になるのは自衛官であって政治家ではない」という言葉が印象に

残っている。この言葉には著者半田滋氏の思いが強く込められているに違いない。

本書はぜひ私と同じように戦争を体験したことのない人にぜひ読んでもらいたい。そしてどのよ

うな感想を抱いたのかぜひ聞かせてもらいたい。

ミッキーマウスの憂鬱(よし)

「ミッキーマウスの憂鬱」
新潮文庫
松岡圭祐著
最初に言っておきたいことがある。それは、この物語はフィクションであるということだ。
私がこの本を読んだきっかけはその強烈なタイトルに惹かれたためだ。夢と魔法の国ディズニーランドのシンボルキャラクターであるミッキーマウスの憂鬱とはどんな内容なのだろうか。私は胸を躍らせながら本書を読み進めた。

実際読んでみるとミッキーマウスの憂鬱というよりも、ミッキーマウスを支える周りの人々の憂鬱だった。本書の内容としては、空気の読めない主人公、後藤大輔がディズニーランドの準社員つまり裏方のアルバイトとして採用されてからの2日間が描かれている。働き始めて初日の大輔はディズニーで働ける、ということい強い期待を持ち仕事に励もうとしていた。しかしそこにあったのは夢や希望などではない、ただの現実であった。大輔が配属されたのはキャストの衣装や小道具などを扱う美装部という場所だ。 “中の人”などいないとされるディズニーで”中の人“を手伝うという仕事に矛盾を感じながらも、大輔は自分の果たすべき役割を覚え、自分の仕事の意味を痛感し、成長していく。

タイトルだけを見ただけでは、この本のディズニーランドの秘密を暴いた暴露本なのか、と思われてしまうかもしれないがそれは違う。この本に書かれている内容は最初に言った通り、あくまでフィクション、事実ではないしミッキーマウスに“中の人”など存在しない。ディズニーが好きな人の夢を壊す作品などではない。そのためディズニーが好きな人にも問題なく読んでもらいたい。

 

古川案

 

最初に言っておきたいことがある。それは、この物語はフィクションであるということだ。

私がこの本を読んだきっかけはその強烈なタイトルに惹かれたためだ。夢と魔法の国ディズニ

ーランドのシンボルキャラクターであるミッキーマウスの憂鬱とはどんな内容なのだろうか。私は胸

を躍らせながら本書を読み進めた。

実際読んでみるとミッキーマウスの憂鬱というよりも、ミッキーマウスを支える周りの人々の憂

鬱だった。本書の内容としては、空気の読めない主人公、後藤大輔がディズニーランドの準社員

つまり裏方のアルバイトとして採用されてからの2日間が描かれている。働き始めて初日の大輔

はディズニーで働ける、という強い期待を持ち仕事に励もうとしていた。しかしそこにあった

のは夢や希望などではない、ただの現実であった。大輔が配属されたのはキャストの衣装や小道

具などを扱う美装部という場所だ。 “中の人”などいないとされるディズニーで”中の人“を手伝

うという仕事に矛盾を感じながらも、大輔は自分の果たすべき役割を覚え、自分の仕事の意

味を痛感し、成長していく。

タイトルからは、ディズニーランドの暴露本を想起させるがそれは違う。この本に書かれている

内容は最初に言った通り、あくまでフィクション。事実ではないしミッキーマウスに“中の人”な

ど存在しない。ディズニーが好きな人の夢を壊す作品などではない。そのためディズニーが好

きな人も問題なく読むことができる。

文系?理系?(ゆきちゃん)

「文系?理系?」
志村 史生 著
ちくまプリマー新書2009年
“私は文系なので、理系は苦手です”このような言葉はよく耳にしませんか。確かに世の中の人は一般に「文科系の人」と「理科系の人」に分類されるようです。しかし、理系だ文系だとの分類は受験のためのものであり、どんなものにも興味を示し、理解するような勉強をするべきだ。そういった知識の吸収には書籍が最適であり、今の映像やインターネットでは想像力を養えないと著者が主張されています。
この本を読んだ私はまさに同感です。成績だけで自分は文系か理系を決め付けてしまうと、自分は文系だから理系はあまり関係ない、興味ないと自認してしまいます。だが、本を読むことを苦行のように感じている人もいるようですが、一冊を読み終える喜び、そこでなんとなく賢くなったと感じさせてくれる充実感、それらの積み重ねで自分自身の成長を感じる嬉しさを知ると、文系だとか理系だとかいう壁を超えて読書が楽しくなるはずです。

 

古川案

“私は文系なので、理系は苦手です”このような言葉はよく耳にしませんか。多くの人は「文

系の人」と「理系の人」に分類することが好きなようです。しかし、理系、文系の分類は受験

のためであり、それよりも、どんなものにも興味を示し、理解するような勉強をするべきです。

そういった知識の吸収には書籍が最適であり、今の映像やインターネットでは想像力を養えな

いと著者が主張されています。

この本を読んだ私はまさに同感でした。成績だけで自分は文系か理系かを決め付けてしま

うと、自分は文系だから理系にはあまり関係がないと自認してしまいます。(←→「だが」とい

う逆接はおかしい。逆になっていない。)だが、本を読むことを苦行のように感じている人もい

るようですが(←同じ文に、「だが」、「ですが」と逆接を重ねない。)、一冊を読み終える喜

び、そこでなんとなく賢くなったと感じさせてくれる充実感、それらの積み重ねで自分自身の成

長を感じる嬉しさを知ると、文系だとか理系だとかいう壁を超えて読書が楽しくなるはずで

す。

(1段落目と2段落目の繋がりがわからない。普通は、1段落目をうけて、2段落目では、なぜ映

像ではダメなのか?ということが書かれているのが自然。)

農業超大国アメリカの戦略―TPPで問われる「食料安保」(まなちー)

『農業超大国アメリカの戦略―TPPで問われる「食料安保」』
石井勇人 著
2013年
新潮社

本書はTPP参加によって見えてくる食の安全について書かれている。TPPでとりわけ話題になるのが関税撤廃で、その中でも議題の中心は畜産、農業分野についてである。
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)とは日本が2013年に参加を表明した自由貿易に関する協定である。TPPにより日本が受ける食の影響はアメリカが多くを担っている。例えば鶏、豚、牛などの家畜の肉である。なぜ日本はこれほどまでにTPPに敏感であったのかというと、この協定により関税が撤廃されるためアメリカを中心に多くの肉が日本に輸出されるからである。アメリカ産の肉は日本人にとってどのようなイメージがあるのだろうか。多くの人がBSEという病気にかかった牛肉が頭をよぎるだろう。この病気を患った肉を人間が食べてしまうと人間も病気になる。一時期これにより、日本国内はパニックに陥った。そんな病気を持つ肉が関税撤廃により日本に大量に入ってくる。
そもそもの牛の病気の原因は一概には言えないが、1つは劣悪な飼育環境だ。インテグレーションと呼ばれる大規模飼育方法で、鶏にはじまり密閉された小屋で動く隙間もないほど敷き詰められて飼育されている。1つは餌をもともと動物たちが食べていた草などではなく、トウモロコシにしていることである。より効率よく“肉”を生産するためにアメリカではこのような方法を用いて飼育している。この実情を知りながら皆さんはこれからもアメリカ産の肉を口にすることができるであろうか。
私はこれまでアメリカ産を強調してきたが皆さんはお気づきであろうか。TPPにより日本に輸出されるのはなにも肉本体だけではない、餌となるトウモロコシも大量に輸出されているのだ。

 

古川案

環太平洋戦略的経済連携協定。この言葉は知らなくても、TPPという略称はみなさんご存じだろ

う。TPPでは、畜産、農業分野の関税撤廃に関する内容が大きな問題となっている。本書はそ

のTPP参加によって見えてくる食の安全について書かれている。

TPPとは、太平洋周辺地域の自由貿易に関する協定で、日本は2013年に参加を表明してい

る。TPPにより、私たち日本の食卓が大きく変わる可能性があるのだが、それに影響を与え

るのがアメリカである。例えば鶏、豚、牛などの家畜の肉である。なぜ日本は、これほどまでに

TPPに敏感であるのかというと、この協定により関税が撤廃されるため、アメリカ産の食肉が

日本に多く輸出されるからである。日本人は、アメリカ産の肉にどのようなイメージを抱くだろ

うか。10年ほど前に問題になった、BSEという病気にかかった牛を思い出す人も多いのでは

ないだろうか。この病気を患った牛肉を人間が食べてしまうと、人間も病気になる可能性があ

る。そんな病気を持った牛肉が、関税撤廃により日本に大量に入ってくると心配する人もい

るのではないだろうか。

牛の病気の原因は一概には言えないが、ひとつは劣悪な飼育環境だ。インテグレーションと

呼ばれる大規模飼育方法で、鶏にはじまり密閉された小屋で動く隙間もないほど敷き詰められ

て飼育されている。1つは餌をもともと動物たちが食べていた草などではなく、トウモロコシに

していることである。より効率よく“肉”を生産するために、アメリカではこのような方法を用い

て飼育している。この実情を知りながら皆さんはこれからもアメリカ産の肉を口にすることが

できるであろうか。

私はこれまでアメリカ産を強調してきたが皆さんはお気づきであろうか。TPPにより日本に輸

出されるのはなにも肉本体だけではない、餌となるトウモロコシも大量に輸出されるのだ。

(TPPで始まって、途中からの主題は牛に変わっていて読みにくい。)

(最後の段落の意味がわからない。トウモロコシに問題があるとは、それまでに書かれていな

い。)

図解雑学グリム童話(かんとく)

図解雑学グリム童話/ナツメ社/鈴木満/2005

赤ずきん、茨姫、ヘンゼルとグレーテル、シンデレラ、ラプンツェル、これらの物語は全てグリム童話です。この中には小さいころから知っている物語も多いのではないでしょうか。この本はそんなグリム童話について「グリム童話とは何なのか」、というところからグリム童話の「語り手」、「登場形態」、「登場人物」、また「ペローのお伽話との比較」というところまで分析し解説しています。
グリム童話とは、グリム兄弟が長く住んでいた地域の語り手たちから聞いた物語を整理、編纂したものです。またグリム童話の出版には歴史的背景が関係していると考えられています。というのも、そのころのヨーロッパはナポレオンが勢力を広げており、グリム兄弟の地元もフランス軍に占領されてしまいました。そのためグリム兄弟は、ドイツ民族の精神的復興を願って童話の収集を始め、出版を決意したと考えられています。
では、100年以上も前に編纂されたグリム童話が今もなお語り継がれているのはどうしてなのでしょう。それは、人生における教訓をわかりやすい物語の形で伝えているからではないでしょうか。例えば「ラプンツェル」。ゴテル婆さんという人が、隣の夫婦の生まれた子供をもらいます。婆さんはこの子にラプンツェルという名前をつけ、母親代わりになって幸せに育てあげると約束します。最初は人里に住んでいましたが、ラプンツェルが12歳になると森の中の塔の上で育てるようになりました。それを知った王子が一人部屋に入り込み、ラプンツェルと結婚の約束をしてしまいます。大切に育てた娘がいきずりの青年(王子)を引き入れて妊娠してしまったので、ゴルテ婆さんは激怒し娘を荒野に置き去りにします。これがラプンツェルの大筋です。このお話は「知らない男を軽々しく家につれこむな」ということを教えています。
この本はグリム童話の各物語についておおまかなあらすじを説明し、残りはその話にはどのような教訓があるのかということや、その話の歴史的背景などについて解説をしています。そのため、今まで知っている物語であれば「そうなのか」と新しく気づくことが、知らない物語であれば「そういう風に考えることができるのか」と感じることができます。そしてそのように感じたとき、グリム童話の新たな魅力に気づくことができるのではないでしょうか。

 

古川案

 

赤ずきん、茨姫、ヘンゼルとグレーテル、シンデレラ、ラプンツェル、これらの物語は全てグ

リム童話です。馴染みのある物語も多いのではないでしょうか。グリム童話とは、グリム兄弟

が長く住んでいた地域に伝わる物語を整理、編纂したものです。本書では、そのグリム童話の

各物語についてのあらすじと、そこから得られる教訓、歴史的背景を紹介しています。

この本によると、グリム童話の出版には歴史的背景が大きく関係しているようです。という

のも、当時のヨーロッパはナポレオンが勢力を広げており、グリム兄弟の地元もフランス軍に占

領されてしまいました。それに屈してはいけないと考えたグリム兄弟は、ドイツ民族の精神的復

興を願って童話の収集を始め、出版を決意したと考えられています。では、そんなグリム童

話が、100年以上も語り継がれているのはなぜでしょう。それは、人生における教訓がたくさん

詰まっているからではないでしょうか。例えば「ラプンツェル」。ゴテル婆さんという人が、隣

の夫婦の生まれた子供をもらいます。婆さんはこの子にラプンツェルという名前をつけ、母親代

わりになって幸せに育てあげると約束します。最初は人里に住んでいましたが、ラプンツェルが

12歳になると森の中の塔の上で育てるようになりました。それを知った王子がラプンツェルの

部屋に入り込み、彼女と結婚の約束をしてしまいます。大切に育てた娘が、よく知らない王

子を引き入れて妊娠までしてしまったので、ゴルテ婆さんは激怒し娘を荒野に置き去りにし

ます。これがラプンツェルの大筋です。この物語は「知らない男を軽々しく家につれこむな」

ということを教えています。

このような教訓まで丁寧に解説されているので、よく知っている物語なら「そうなのか」と

新しく気づくことが、知らない物語なら「そういう風に考えることができるのか」と感じるこ

とができます。本書をきっかけに、グリム童話の新たな魅力に気づくことができるのではないで

しょうか。

(「そうなのか」と「そういう風に考えることができるのか」の違いがわからない。)