「はじめての植物学 植物たちの生き残り戦略」
大場秀章 著
ちくまプリマー新書2013年
ぼくが小学生だった頃の話だ。身の回りには植物があふれていた。植木職人だった祖父の作品群は家の庭にところ狭しと並べられ、学校までの通学路にも街路樹や田畑など、至る所に植物があった。その頃のぼくにとって、彼らはただの「植物」だった。
大学4年生の夏が終わる頃、ネブトクワガタ採集へ出かけた。アベマキの樹林やサクラ並木など、いくつもの木々を見て回ったが、なかなか見つけられなかった。そんな夏の暑さも和らぎ、秋に近づく毎日の中、気がつくのは銀杏の香りだ。名古屋市内では、街路樹としてイチョウが植えられ、その実が道端に落ちているのを頻繁に見かける。
ただの「植物」だった彼らが、「アベマキ」や「サクラ」、「イチョウ」に変わった。大学4年生になったぼくは彼らのことをより知ってみたいと思い、本書「はじめての植物学」を手にとった。
本書によれば、植物を構成する基本組織は3つ。葉と茎と根だ。このそれぞれが植物の種によって多種多様な進化を遂げている。本書の特徴は、植物の進化の系統図とも言うべき、植物の多様性を足がかりとして、彼らの体構造を丁寧に解説してくれていることである。
例えば「葉」をひとつとっても、その形は楕円形なのか円形なのか、はたまたやじり形なのか。葉の先端は切形か円形か、はたまた尾形なのか。ユニークな葉達にはじまり、根や光合成、茎にまで本書の内容は展開されていく。
本書読了後、ぼくはより身近な存在として彼ら「植物」を感じられるようになった。大学を卒業し、社会人になった後も、彼らとの付き合いを続けていきたいと思う。
古川案
(全体的には読みやすく内容も分かりやすい。ただ最後は、「身近」「感じられる」「付き合い」など、あまりクリアではない言葉が多いので、それらを使わない、もしくは具体的にする努力をした方がいい。) ぼくが小学生だった頃の話だ。身の回りには植物があふれていた。植木職人だった祖父の作品群は家の庭にところ狭しと並べられ、学校までの通学路にも街路樹や田畑など、至る所に植物があった。その頃のぼくにとって、彼らはただの「植物」だった。 大学4年生の夏が終わる頃、ネブトクワガタ採集へ出かけた。アベマキの樹林やサクラ並木など、いくつもの木々を見て回ったが、なかなか見つけられなかった。そんな夏の暑さも和らぎ、秋に近づく毎日の中、気がつくのは銀杏の香りだ。名古屋市内では、街路樹としてイチョウが植えられ、その実が道端に落ちているのを頻繁に見かける。 ただの「植物」だった彼らが、「アベマキ」や「サクラ」、「イチョウ」に変わった。大学4年生になったぼくは彼らのことをより知ってみたいと思い、本書「はじめての植物学」を手にとった。 本書によれば、植物を構成する基本組織は3つ。葉と茎と根だ。このそれぞれが植物の種によって多種多様な進化を遂げている。本書の特徴は、植物の進化の系統図とも言うべき、植物の多様性を足がかりとして、彼らの体構造を丁寧に解説してくれていることである。 例えば「葉」をひとつとっても、その形は楕円形なのか円形なのか、はたまたやじり形なのか。葉の先端は切形か円形か、はたまた尾形なのか。ユニークな葉達にはじまり、根や光合成、茎にまで本書の内容は展開されていく。 本書読了後、ぼくはより身近な存在として彼ら「植物」を感じられるようになった。大学を卒業し、社会人になった後も、彼らとの付き合いを続けていきたいと思う。